並木先生公認「SOFIA(ソフィア):マスターライセンス」認定者、APi(あぴ)先生  スペシャル・インタビューVol.01

並木先生公認の「SOFIA(ソフィア):マスターライセンス」の統合(LDLA)、エンジェル・ヒーリング、そしてチャネリング&リーディングの3つのライセンスをすべて取得し、これまで統合や天使のワークショップを続けてきたAPi(あぴ)先生。今回はそんなAPi先生初のスペシャル・インタビュー第一弾をお送りいたします。APi先生がどんな方なのか、どんな過去を通して現在に至るのか、などのお話を伺いました。そしてこれまでベールに包まれていた(?)APi先生のお顔も初の蔵出しです!それではごゆっくりとお楽しみください。(インタビュー:HEARTNIKS 撮影:chihiro.)

本のエネルギーに「共振」した日

HEARTNIKS(以下、H):では最初に、どういう経緯で並木先生とハート二クスの存在を知ったんですか?

APi(あぴ)先生(以下、A):それがとても面白いんです。この前、久しぶりに並木先生の本(ほら起きて!目醒まし時計が鳴ってるよ)をペラペラとめくっていたら、あることに気がつきました。その本の発行日が「2015年2月25日(初版)」だったのですが、ちょうどその頃に、高速道路で車を運転しているときに私の意識が飛ぶ、という事件が起きたのです。

H:え!そんな事件があったのですか?

A:はい、仕事帰りの運転中に、意識がフワーっとなってしまって。意識が浮いちゃう、飛んじゃう感じになってしまって、アクセルもブレーキもよくわからない状態でした。でも、かろうじて意識は残っていました。「これはやばい」と思い、急いで路肩に止めて救急車を呼びました。その出来事があったのが本の発行日の翌日「2月26日」でした。おそらく発売された並木先生の本から波動が「グワーン」と出て、それを私がキャッチしたのです。私の中で眠っていた「本来の自分」のエネルギーが、本から出たエネルギーを受けることによって、引っ張り上げられた感じですよね。

H:なるほど、感じ取ったわけですね。

A:えぇ、意識が飛んでしまうぐらい波動を引っ張り上げられて、自分の中の「アラーム時計」が鳴り始めたのです。そして救急車で運ばれて全身を調べてもらったのですが、何の異常も出てこないのです。でも、ずっと目まいが止まらないんですね。ずっとふわふわと意識が浮いている状態になってしまって。あの時は意識が3次元から抜け出た感覚だったんです。

H:症状は目まいだけでした?

A:目まいが一番ひどかったのですが、かなりのだるさも感じていました。身体が重いのではなく、逆に軽過ぎて浮いちゃう感じでした。そんな状態なので車の運転もできなくなり、ハンドルを握ろうとするとフロントガラスから見える景色がいつもと違うんですよ。目の前のことが「現実の世界」に見えなくなっちゃって、それこそ「スクリーン」に映っている映像というか、ゲームの中にいるみたいな感覚になってしまいました。それ以来、運転もできず、原因不明で体調もつらいので休職することになりました。その一週間後ぐらいにフラフラしながら本屋さんに行った時に、「あれ?誰かこっちを見てる?」と気づいて、そしたら売っていた並木先生の本の写真と目が合って(笑)。パラパラめくって読んでみたら、その時に疑問に思っていたことの「答え」がすべて書いてあったんですね。気づいたら次の瞬間には本を持ってレジに並んでいました。

H:そんな劇的な出会いだったんですね(笑)。無意識に導かれたのですね。

A:すべて無意識でしたね。でも相変わらず原因不明の体調不良は続いていたし、ずっと意識がフワッと浮いちゃっていました。どこを調べても悪いところが見つからないまま、最終的には心療内科へ行きました。自律神経や精神病などの疑いと言われて薬も処方されていたのですが、「薬で治せることではないのでは?」とも感じていました。その時は「人生の何かを探す」というよりも、とにかくこの体調を戻さないと普通に生活ができない、という意識でしたね。

H:じゃあ、その本を読んだ後にハート二クスのホームページを見て?

A:はい。ネットで検索をして探し出しました。ちょうど私が受けたSOFIA(ソフィア)のスクールの第1期生の募集が始まっていた頃です。会社を休職するのが決まっていたので、時間はあったわけです。そして会社からも休職手当も支給されるタイミングだったので、「全部がうまい具合に準備されている。これはきっと呼ばれているんだ!」と思いました。

H:初めてお会いした頃、透けて消えちゃうのかな?というくらいにふわふわしていたのを覚えています(笑)。

A:そうでしたね(笑)。本当にフラフラな状態で学んでいましたね。

H:そして、その最初の日のランチで「私、就職活動に来ました」とお話されたのにはビックリしました。あれは意識があっての発言でしたか?

A:SOFIA(ソフィア)に申し込む時点で、すでに「ここに就職活動に行く」という感覚はあったんですよ。その就職活動の宣言は「自分の守護霊(ガイド)に言わされたんだな」ということが今ならわかります。なんて言うんでしょう、自分ではサイキックの能力って全然自覚していませんでしたが、いま思うと以前からあったんだなと思いました。その感覚(能力)が当たり前過ぎてすごくナチュラルだったんですね。

H:「就職活動に来ました」と言われた時に「あ、こういう方が来た」と思った感覚があって、「えっ?この娘は何を言ってるの?」とはまったく思わなかったですね。まだまだ会社的には人を雇うとかのレベルじゃなかった時期ですが、「雇えるの?」みたいな不安を感じるとかではなく「あっ来た来た」という感覚の方が大きかったのを覚えています。

A:そうでしたか(笑)、それは嬉しいですね。そう、並木先生の本を読んでからですが、「天使ってどんな感じなのかな?」と天使にも興味が出てきたんですよね。「天使に頼めばサインをくれるよ」と本に書いてあったので、「私もやってみよう!」とやってみたら本当にサインがボンボンボンボンとやって来たのです。それでSOFIA(ソフィア)の3つのコースの「エンジェル・ヒーリング」クラスは絶対に受けたいと思いました。あとは「チャネリング&リーディング」クラスも興味があったんです。その2つのクラスは絶対に申し込もうと思っていましたが、最後まで「統合(LDLA)」クラスだけはモヤモヤした気持ちで、どうしたら良いかわからなかったのです。

H:受けたらいいのか、わからなかった?

A:はい、でも「統合(LDLA)」クラスが4月からスタートだったので、7月の「エンジェル・ヒーリング」クラス開講まで3ヶ月あるので「それまで私は何をすれば良いのだろう」と思っていました。これはもう休職も決まっているし、『4月からの「統合(LDLA)」クラスも受けなさい』ということなのだろうなと思ったので、3つのクラスをまとめて申し込みしました(笑)。でもいま思うと、その「統合(LDLA)」クラスの受講を最後まで迷っていたのは、私の中での統合に対する抵抗感だったのだと思いました。

日本とアメリカでの苦悩の日々

H:目醒めてしまうから、そのブロックだったわけですね。話を戻しますが、APi先生のそのサイキック能力はいつぐらいからあったのですか?

A:さっきもお話しましたが、能力があるとは自覚していませんでした。自然にやっていた、ということだと思います。例えば小さい頃に、学校で授業中に先生の考えていることが分かったりしてましたからね。

H:それは並木先生も同じ体験談をお話されていましたね。

A:ほんと同じことで、学校の先生が「こうして欲しい」と考えているのがわかっていたので、その希望通りにやっていました。

H:それは優等生ですよね(笑)。

A:はい、すごい優等生だったと思います(笑)。小学校低学年の時からそうでしたね。

H:その後、お父様のお仕事の関係でアメリカにお引越されたわけですよね?

A:はい、5年生の時でした。その時は引越したくなくて、日本にいる方が良かったですね。それまでの日本では、それこそ「自分で現実を創っている」という感覚だったので、怖いものなど何もなかったのです。運動以外はね(笑)。

H:(笑)

A:アメリカに行ったらまず言葉が通じないじゃないですか。そこで初めて挫折というか、歯がゆい思いをたくさんしました。そこで「できないとかやれないってこういうことなんだ」とその時に知りました。そんなアメリカ生活でしたが、結局は高校を卒業する18歳までいました。7年半ですね。

H:長かったですね。その間は大変だった?

A:そうですね。今では良い思い出ですが、その時はすごく大変でした。2回くらい「もう人生なんか辞めてしまいたい」と思ったこともありましたね。そうそう、その頃ですが神様に喧嘩(けんか)を売ったこともあります(笑)。「どうして何も上手くいかないの?」って。「もし本当に神様がいるんだったらやってみてほしい!」って。そんなことを本当に言った(思った)ことがありました。でもね、喧嘩(けんか)を売るとなぜだかちゃんと応えてくれるんですよ。「あれ?あれ?本当にいるのかな?」みたいな感じでした。

H:「存在」を教えてくれていたのですね。思春期もありましたか?

A:ありましたね。私はあまり覚えていませんが、母が言っていたのは、学校から帰って来て家の部屋のドアをバーン!と閉めたり、「何かに当たりたい!」「何かに発散したい!」みたいな。それはすごくあったみたいですね。

H:その時にはもう「感覚的なこと」は閉ざしていましたか?

A:その時はアメリカに行ってわりとすぐだったと思いますが、ある人から言われたひとことがきっかけで封印しちゃいました。「この世の中、自分が中心にまわっていると思うなよ」と言われたんです。私は自分が中心だと思っていたので「えっ!?」と思いました。「違うの?」って。そこからはもう封印しましたね。その感覚をすべて閉ざしました。

H:そうなると、もう色々おかしくなりますよね...。

A:何でも人に合わせてしまうし、自分なんて消えていく...みたいな、「周りありきの自分」みたいな感じになってしまいました。

H:そして帰国されて大学に入学したのですね。大学時代もそんな感じでした?

A:そうですそうです、だからずっと「本当の自分」では生きてなかったのですね。「偽りの自分」で生きて、見栄を張ってみたりとか、相手に良く思われるように、それに合わせた言動をしてみたり。その時は友だちとも表面上では楽しくやっていましたが、家に帰るとため息が出るみたいな。本当の意味では楽しくはなかったんですよね。クライアントさんで大学時代の友だちもいますが、彼女たちはその時の私も知っていますね。でも封印していたわりには、大学受験の時に受験番号を見ただけで、「あ!私この大学に受かるんだ!」というのが分かったりしていました。そういった感覚は、ちょこちょこありました。

H:そうでしたか。そしてそのまま普通に就職したのですね。ということは、会社生活でもそのままつらかったわけですね。

A:はい、もう周りに合わせまくりでしたね。でも就職活動の面接の時は「どうやったらこの会社に受かるかな?」ということだけを考えて受けてました(笑)。

H:(笑)その時に、ちょっと能力を使っていたのですね。

A:能力を使うという感覚はなかったけど、「雰囲気」は読んでましたね。でもなんでしょうね、いくら頑張っても、いくら勉強しても、学校も就職先も「ご縁があるところにしか行けない」ということを知っていました。

APi(あぴ)先生初のスペシャル・インタビューはいかがでしたでしょうか。次回はOL時代のお話や会社内での統合話、そしてAPi先生のお役目、更には今秋開催のAPi先生初のリトリートのお話をお伝えいたします。どうぞご期待ください。

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